■昨日までの恋人4




時々出す声は唸り声。荒く呼吸する少女をただ見守るだけしかできない自分自身がとてもやるせなかった。

今日も昨日に引き続き天気のいい朝。しかし、だから出掛けようとは言えない。
ぐったりと横たわって眠るアニスが心配で部屋からも出れない状態だった。さすがに仮眠くらいは取ってほしいというペールの言葉に、ならこの部屋のソファで眠るからという言葉でようやくペールの願いは届けられた。

アニスの眠るベッドから、ガイが横になったソファは少し離れている。横たえた体を彼女の方に向けたガイは、それでも息苦しそうに呼吸するアニスを見て心苦しくなる。

(もしかしたら戻る前兆なのか?)


期間的にも予定なら今日明日で戻るはずだ。
それはそれで嬉しいのだが、今のアニスを見ていると素直に"早く戻って"とは言い難かった。
ガイが小さく溜め息を吐いて目を閉じた時だった。弱々しい声で自分の名前が呼ばれたことに、掛けていた毛布を取り去って急いでベッドへと向かった。

「アニス、どうした?苦しいかい?」
「あぁ・・・いた。どっかいっちゃったかとおもった」
「ここにずっといたさ」
「おしごとは?」
「今日はお休みだよ」

幼いながらも相手の事を気遣うのが健気で、ガイはそんなアニスの頭をなでた。

「じゃあここにいてくれる?」
「ああ。もちろん」
「・・・ガイはだんなさんだもんね」
「あ、そうだったな」

とぼけて見せればいじけて頬を膨らます。冗談だと笑えば、アニスも一緒に笑う。しかしすぐに咳きこんでしまった。
水を渡して飲ませ再び布団に寝かせると、アニスはガイの名前を呼んだ。

「どうした?」
「うそじゃないからね」
「うん?」
「ガイのおよめさんになるんだから」
「あはは。本当かい?」
「うん」
「でも、もう少し大きくならないとなぁ」
「なんで?」
「なんでって・・・そういう決まりなんだよ。3歳じゃ結婚はできないんだ」
「ふぅん・・・」

今はゆっくり休みなと、小さな頭を撫でると大人しく目を閉じたのを確認して手を離す。
少女はその重みが無くなったことに薄く目を開いてガイの存在がそこにあるのかを確かめて、はにかんだ。

「ま・・・て・・・」
「ん?」
「わたしが・・・」
「アニス?」
「・・・もう少し大きくなるまで待っててね」

そう言ってアニスは目を閉じた。


舌足らずだった口調がはっきりと言葉を口にした気がして、ガイはもう一度覗き込んでみたけれど、言って満足したのか少女は深い眠りについてしまっていた。
まるでさっきの言葉は縮む前の、自分のよく知るアニスのようだった。
そして元に戻るまでの時間が近いのかもしれないとガイはふと思った。

(お別れ・・・って言葉も変だけど)

柔らかい頬をつつけば小さく唸る。そんな仕草を楽しむと、おやすみと呟いて額に一つキスを落とした。



***


"アニス"
柔らかい声が、なんだか懐かしい。
ふわふわとした浮遊感に不安が募って、アニスは体をバタつかせた。

(ここはどこなのだろう?)

思い出そうと目を閉じて頭をフル回転させてみても、切れ切れに映像が流れるだけ。そしてやたらと人の頭を撫で回す手に"なんだ?"と目を開けた。
心無しか自分の頭がその感覚を覚えてる錯覚に陥り、手を乗せてみたけれど、自分の手ではその想像の中の手とは大きさも違ければ質量も違うみたいで違和感を感じる。

(あの手・・・ガイ・・・?)

何故かはわからないけど、そう確信すると"もう一度撫でてはくれないだろうか"とアニスは目を閉じて祈った。

いつもなら子供扱いされてるみたいで嫌だと漏らすのに、変なのと口を尖らせる。そしてなんだかそう思ってる自分が妙に恥ずかしくて、会ったら文句の一つでも言ってやらなければ!と閉じた瞳をゆっくり開いた。






「ん、・・・」
「・・・おかえり」

視界に入った人物を確認すると、用意していた文句は引っ込んだまま安堵の息が漏れた。
けれど彼の言う言葉の意味が理解できずにアニスは体を起こすと、こめかみに感じる痛みにしらんぷりをして自分と同じように安堵した表情を浮かべるガイに質問をした。


「・・・? "おはよう"なんだけど」
「覚えてないのかい?」

ということは、やっぱり何も起きませんでしたなんてことはなかったんだとアニスは思う。そもそもここがグランコクマだということからして、おかしいのだ。あの後パーティーがどうお開きになったのかも、アニスの記憶にはない。けれど、ぼんやり霞がかった記憶に子供扱いされたというものだけが曖昧に残っていた。


「んー・・・記憶が混濁してる。寝起きだからかもしれないけど」
「そうか。・・・それはそれで残念だな」
「何が起こったの?・・・なんかやたら甘やかされた気はするけど」

あながち間違っちゃいないと苦笑いをしながら訳を話す。
ディストから貰った薬を浴びたことで、今の今まで幼児化していたというガイの話に、アニスはつまんない冗談言わないでと溜め息を吐いた。
ガイ自身も信じ難い状況だったのだ。現実離れしていた出来事を信じない彼女にそれ以上の説明は必要ないと感じて、それ以上の話はしなかった。

「ガイ?どうしたの?」
「ん・・・ああ、まぁ・・・ちょっとな」

しかし、それは紛れもない現実だった。さっきまでそこに眠っていた小さな子供は、事あるごとに自分の名前を呼んでは幸せそうに笑ってくれた。
恋人がこうして無事に目の前にいることの安堵感はもちろんあるし、さっきまでは望んでいたことだったのだけれど、空虚感は拭えずにいた。こんな風にぽっかり穴の空いたような感覚に陥ってしまったことは予想外だった。


「・・・なぁ、アニス」
「ん?」

何の計算もなく、純粋に言ってくれたあの言葉。
本来のアニスを知っている彼らにとっては、まるで別人のような彼女だったけれど、確かにあの子も同じアニスで、彼女が発してくれたその言葉は決して夢なんかではなかった。

(今の彼女なら、なんて言うのだろう)

記憶が混濁しているというのなら、もしかしたらという淡い期待を少し込めて、ガイは首を傾げているアニスに質問をした。


「君は将来何になりたい?」


突然の質問にきょとんとしてから、にやりと口の端を上げてアニスは笑った。

「もちろん、た・ま・の・こ・し!!ガイがさせてくれるんだよね?」

頬に指を当てて、おちゃらけてアニスは言った。
"ガイのおよめさん"というさっきまでの聞き慣れた言葉ではなかったけれど、彼女らしいその言葉に、ガイは柔らかい髪の毛を撫で回して笑った。




昨日までの恋人
(君の夢は必ず叶うよ)








リクエスト"幼児化アニス"でした!
ようやく完結できました・・・。もっと、こうじっくり書きたかったのですがあまり長いと;
設定的に、シリーズ化しやすいネタですよね。退行ネタは^^
リクエストして下さった、ひぃ様。予想通りとても楽しく書けました!ありがとうございました!

もしかしたら日記の小ネタでちょくちょく書くかもです。幼児化ww
オイシすぎる・・・本当に・・・^q^

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